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couの建築空間づくり


cou が空間をつくろうとすると 現場で職人さんが直接作業をしなければいけないことが多いんです。 かつては現場で加工したり それぞれ専門の職人さんがいたりと 現場にはわんさか人が居たものです。 最近は工場で加工したものを取り付ける いわゆる乾式の作業が多いため 現場には人の影が少なくなりました。

懐古主義のつもりはないのですが・・・どうも湿式の仕上げが多いのが cou の現場です。

もう一昔前のことですが 学生の頃最初に出される設計課題が 「住宅」 でした。 右も左もわからない私は 「動線」 と 「いつもサラサラした気持ちで過ごせる」 ということを一つの指針にしました。

一応カタチは整ってソコソコの評価をもらったのを覚えています。

ところが学年が上がるにつれ 「家」 の定義がわからない・知らないという自分の無知の壁を無視できなくなってしまったのです・・・。 「家族?」 「家?」 。そもそも 「家族」 って何・・・? 核家族育ちの私には いまひとつ 核心的な答えを導き出すことができずにいました。

その後 その答えを見つけるために 「住まいの原型」 を探して調べてみようと 冒険に出ることになります。

建築と政治・経済を同時進行で勉強していた私は ちょうどマレーシアの発展理論なる文献論文を書いていました。 政治・経済の動向めまぐるしい変化をしているその国で 住宅事情が、家族のあり方が どう変化していっているか知りたくなりました。 ここにヒントがあるかもしれないと・・・。

そこで研究室の先生から マレーシアのボルネオ島に ロングハウスという先住民の村・住まいがあるとの助言を受け 2年間の調査研究の旅に出ることになりました。

これが私の原点です。

先生と芝浦工大の勤勉かつ愉快な仲間達 (心の中でいつもそう呼んでいた!) のお蔭で 建築の勉強を始めて数年後に やっと 「始めの一歩」 を踏出すことができました・・・。

・・・ 研究中のエピソードは紹介したい事があまりに多いのでまた別の機会に ・・・ 今回はちょっと はしょらせて頂いて話を前に進めることにします・・・。

そんな数年の研究生活の後 隣国のインドネシアで 建築の現場で仕事をすることになるのですが 当時若い娘(?)だった私は 冒険に出たりするわりに結構怖がりで 一人暮らしを避けたくて 一人には少し大きめの家を借りて同居人を募り 同居人との生活を始めました。

滞在中数年間のうち 2組と同居することになるのですが 一組目はお腹に赤ちゃんのいる日本人のかわいい若夫婦 二組目はとっても素敵な日本人のお姉さま。 同居人・・・家族ではない人と共に暮らす・・・。 せん越ながら一つだけルールを作らせてもらいもらいました。 「仕事中は常に戦いだから 家だけはこの敷地の中だけは 安全地帯にしてください」 というのが私の提案でした。 これだ!この時 「家って心身の安全地帯なんだ・・・」 一つの答えが実生活の中で出てきました。

安全地帯・・・気を抜きたいですよね・・・。 おのずと作る物が 「リラックスできるもの」 という方向へ向かっていきました。 それに拍車をかけたのが 仕事で別荘・ホテル等リゾート建築に携わることが多かったことです。

そろそろ話を戻すと・・・ 湿式の仕上げが cou で多いのは そんな生活や仕事、研究の中から 湿式での仕上げが 「守られている気持ちよさ」 「表現の豊かな可能性」 を与えてくれたからかもしれません。 また 「家って買うものではなくて作るものなんだ」 と改めて気付かされた時 多用されていたのが 塗装や左官など湿式の仕上げであったことも 今 湿式での仕上げを cou が採用する機会が多い ひとつの要因かもしれません。

そんなことを個々のコラムの中に落していきますので よろしければ 引きつづきお付き合いくださいませ・・・。